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2011年2月4日 横浜市瀬谷区子育て支援課保育士技術向上研修会でお話したこと

小さな感動を味わうとき、小さな幸せを感じるとき

 今日の実技研修は、楽しんでいただけたでしょうか。現場にいますから、これからの時間は現場でのお話を少しさせていただきます。よろしくお願いします。
 先日、某保育士会の職員研修会に呼ばれて伺った時に、担当の園長先生から「田村先生のお仕事をされている幼稚園では、保護者の方達はどうですか」と質問を受けました。抽象的だったので「どんな事ですか。」とお聞きすると「先日、子どもの喧嘩がありまして、男の子が女の子の首筋から背中に爪で引っ掻いてしまったのです。そしたら、お父さんが、女の子に傷をつけるような保育は問題だと、家庭裁判所に訴えたのです。そこで、結局示談になりまして経費として数百万円かかったのです。」とお話しされたので、私はビックリしてしまいました。
 また、昨年、某幼稚園協会の職員研修会の依頼を受けました。100名前後の研修会だったのですが、会場に着いて担当の先生方に準備をお願いしたのです。すると、担当の先生と会場園の主任の先生が、唐突に「先生の研修会は、役に立たないのです。うちの園は、自由保育なので一斉や設定の運動やゲームは無駄なんです。」と言ったのです。私は、ハー?とその時思って「では、どうして、私を講師にしたのですが」とお聞きすると、「人の紹介で仕方なかったのよ」とお返事されました。

人に思いを寄せる、人を思いやる気持ちを育てる保育
 今日参加されている先生方は、今という時代は何となく保育がやりにくい、と大なり小なり感じているのではないでしょうか。
 そのやりにくさの原因は一体なんなんでしょうか。その一つには、保護者の価値観の多様化に伴う権利主張と住民ニーズにあわせる保育、つまり親の動向に沿う形で動いていかなければならないという点です。私事ですが、一つの例を上げますと、先日、幼稚園で子どもが怪我をしてしまったったのです。親御さんに説明をして謝ったのですが「仕事に支障が出るので、怪我をさせない様に預かってくれれば良いんです。それ以外に余計な事はしないでください。」と言われてしまいました。
 もう一つには、今お話を少しさせていただいた様に、集団保育をどう位置づけるのかという保育観の違いや子どもをどう育てて行くのかという方法論の違いによるやりにくさだと思います。
 さらに、もう一つ取り上げておかなければならないポイントには、幼稚園や保育園を取り巻く社会の動きです。幼稚園は、今後こども園として保育園化して行かなければならない状況になって行くのか、公立保育園や公立幼稚園は民営化の動きが加速され、私立保育園は、ますます経営が優先されて行くようになっていくだろう、という点にあります。
 その様な中で、日々、保育をおこなっている保育者の皆さんには、本当に頭が下がります。言葉を換えて言うなら、充実した保育活動を実践してゆくには、クリアーしなければならないことが沢山あるという事です。きっと、毎日、保育者と子どもたちが共なる時間を過ごす事が出来る様にと奮闘されていると思うのですが、なかなかそうならないのも現実です。

 19世紀の有名な印象派の画家にルノアールという人がいます。皆さんもご存知だと思いますが、そのルノアールが「世の中には不愉快な事が一杯ある。だから、不愉快な事ではなく愉快な事を描いてゆきたい」という言葉を残しています。私も本当にそうだな、と共感するのです。保育の中でも嫌な事や不愉快な事は一杯あります、だからこそ、子どもたちとのやり取りの中で、「へー」と感心した事や「そうだね」と感動した事、「そうだったんだ」と学んだ事などを心の中に刻みながら日々の保育をして行きたいと思っています。

 そんな中で今、改めて幼児教育が最も大切にしていることは、古くて新しい課題なのですが、人に思いを寄せる、人を思いやる気持ちを育てる保育であるように捉えています。それは、人に思いを寄せる心の動きが、人の心を豊かに育てると考えられているからでしょう。
 子ども達というのは、誕生してから保育園や幼稚園を卒園する6年の間に目を見張るスピードで成長と発達を遂げるといわれています。一つの例として、情緒、感情の発達を見てみますと、6才までには、ほぼ大人と同じ感情を持つといわれています。さらに、歩けるようになる、走れるようになる、字が読めるようになり書けるようになる、ボタンが出来るようになる、ひもを結べるようになる、自転車に乗れる、ドッチボールが出来る、ルールのあるあそびを楽しむことが出来るようになる、などなど上げたらきりがないほどいろんな技術を習得してゆきます。さらに、特徴的な事としては、この時期に習得したものは、一生の財産になるものが殆どだということだと思います。
 私の母親は、私が怪我をして泣いている時に「泣いていても痛みは無くならないでしょう。」と言って接してきました。
 現在私も子ども達に同じような接し方をするときがあり、子ども達から「田村先生は、怖いなー」とか、父母からは、「ちょっと、優しさに欠けるんじゃない」などという評価をいただいたりすることもしばしばで、母親の接し方が、私の一生の財産に成ってしまったわけです。
 ですから、この時期は、一生の財産になる技術的なものを獲得すると同時に心の基礎となるものも築いてゆく時期でもあると考えています。
 跳び箱が跳べる、逆上がりが出来るという技術的獲得も大事だが、そのことと同じぐらい心の何を育てるのか、を真剣に考える必要がある様に思います。最近は、幼児期からスポーツなどの習い事が盛んにおこなわれる様になりました。スポーツの技術的習得をしたらそれでおしまいというのではなく、その技術的習得を通して一体何を子ども達の中に育てるのか、一体何が育つのかをも考えなければならないと思っています。
 私はその何かを、と考えたとき、「人に思いを寄せる、人を思いやる、ことの出来る気持ち」を育てることだと考えています。
 昔から現在に至るまで、多くの人々は「人に思いやりを持ちましょう」ということを言い続けてきました。思いやりを持って人に接することは難しく、なかなかそう出来ない人間の姿があり、優しい気持ちを忘れないようにとの、いましめから語り継がれているのかも知れません。まさに永遠の課題なのです。
 
 
では、どうしたら人に思いを寄せたり、人の思いを感じたりすることが出来るのでしょうか。まずは、三つのお話しをさせていただきます。
 以前お世話になっていたお寺の保育園でのお話です。     
 子ども達は、リレーあそびが大好きでしたから、自由あそびの時でも設定されたときでも「やろう、やろう」と喜んでおこなっていました。
 そんなリレーなのですが、自由あそびの時に子ども達は、自分たちで二つのグループに分かれて楽しんでいたのですが、ダウン症のK子がいるグループには、子ども達が列ばない現象が出てきたのです。気を遣った数名の女の子が列んでくれていたのですが、殆どの男の子は列びませんでした。「人数を考えて列んでくれる」と私がリレーに入ったときには、呼びかけます。すると、なんせ立場の弱い子ども達ですから、渋々K子の方に列んではくれます。ですが、嬉しそうな表情は無くなってゆきました。嫌々列んでくれてはいましたが、回数を重ねる内に何か改善する様子が出てくるのではないかと、すこし見守っていました。しかし、子ども達から特に変わった動きは見られませんでした。
 そこで、私は「ねえ、どうしてK子の列には並ばないの。」と声を荒げて言ってしまったのです。その時子ども達は、私の剣幕にびびっていたのでしょう。何も言わずにただ、私の指示に従ってくれたのですが、リレーあそびの高揚感は、一気に無くなって行ったのです。
 子どもでも大人でも食事の時というのは、気持ちが緩やかになると考えていますので、お昼の給食の時に「ねえ、どうしてK子の方に列ばないの」と改めて穏やかに聞いてみたのです。すると子どもたちの気持ちも柔らかく「だって、K子の方はいつも負けるから。」と答えてくれたのです。「こんど、列んでくれたらいいんだけど」と反応すると「リレーは、勝ちたいよな。」と更に話をしてくれました。
 その後も少し変化を見せたものの同様な傾向が見られました。今思えば私の至らなさからそのような状態を長引かせてしまったと反省出来るのですが、その時は「もう、いいです。みんなリレーは好きだけど、このまま運動会でリレーをやるのは止めたいと思います。」と啖呵を切ってしまい、あろうことか「園長先生に今年は、運動会でリレーをしません、と言いに行きます。」と言いきって園長先生のところへ子どもたちを連れて行ったのです。すると、話を聞いた園長先生は、穏やかな表情で「はいはい、わかりました。みんなで決めたなら」と答えてくれたのです。 次の運動会の練習をするときに再度「ねえ、どうしたら、運動会のリレーが出来るようになるのかな」と投げかけたのです。するとK君が「K子が走るとき、僕、三回走る」と言ってくれたのです。その発言に保育者も子どもたちもハッとさせられました。思い返してみると、確かにK子の一周が、ほぼみんなの三周だったのです。その発言を切っ掛けに子ども達は、K子と一緒に走る人は、三周をするという素晴らしい解決策を見いだしてくれたのです。

 もう一つお世話になっているキリスト教の幼稚園でのお話です。ご存じの方もたくさんいると思いますが、キリスト教の幼稚園では、一日一回お祈りの時間があります。その祈りの時に必ず「○○君が風邪でお休みです。どうぞ、早く治って幼稚園に来られますように」と短い時間ですが、お休みの子ども達に思いを寄せるのです。
 結婚を控えた年長の担任の先生が、一週間具合が悪くなりお休みをしました。子ども達も父母達も先生が結婚をするという話題は、私が想像する以上に大きな反響をもたらします。きっと、お母様方も心配くださりお家でもお子さんと話題になっていたのでしょう。「その先生が、お休みをしている、こりゃ、大変だ。」と子ども達も感じたのだと思います。
 ふっと、園舎と園舎の隙間に目をやると、子ども達四人が集まって、車座に座って何やら話をしているのです。「何やっているの」とは声をかけずに、そっと耳をそば立てて影から子ども達の様子をうかがっていました。するとY子を中心に「O先生が、早く良くなって幼稚園に来られますように」とお祈りをしているのです。時間としたら10〜15秒程度のことだと思いますが、言い終わるとすぐに解散してまた、園庭にあそびに行ってしまいました。その言葉を聴いたとき、私は、なんて優しい気持ちをもった子ども達なんだろう、何とも言えない暖かいホットな気持ちにさせられたのです。

 もう一つは、園外保育でのお話です。
 電車に乗って広い公園に行こうと計画を立てていました。子どもたちにも行くからね、と伝えてあったのです。
 当日、雨が降ってしまい、そこで、子どもたちに朝の集まりで「どうする。行くか行かないか」と聞いたのです。すると、行く派と行かない派とに別れたのです。そこで、行く派は、傘を持って雨の中公園に行きました。行かない派は、園に残ってあそんでいたのです。お帰り集合の時にみんなで集まって、感想を述べたのです。行った派は、ズボンのお尻を見せながら、「ここが、すべり台ですごくぬれたんだよ」「面白かったよ。傘をさしながらお弁当食べたりしたんだ」などと、水を得た魚の様にいきいきとレクチャーしたんです。行かなかった派は、お部屋でブロックやトランプしたりしてあそんでいたよ、などと報告したのですが、行った派の子どもたちの様な興奮する感じはありませんでした。すると、行かなかった派の子どもたちは、行った派のお話にすごく興味を持ち、やっぱり行っておけばよかった、と後悔したのです。そこで、ひとしきり話が終わった後に、再度、同じ公園だけどみんなで一緒に行こうという話に落ち着いていったのです。
 子どもたちの互いの気持ちを聞き合うことを通じて、一つの事柄でも感じ方や体験する事の違いを知ったのです。そして、一つの事柄を深めてゆくという深め方を知ったのです。
 
 今、お話しをさせていただいた子どもたちは、人に思いを寄せることの出来るようになった子ども達でした。人は、人に思いを寄せたり、また、人から思いを寄せられたりしていることを知ることは、お互いの心にとても大きな勇気を与えてくれると考えますし、やさしい気持ちを育むような気がしています。

 日々、幼稚園の現場にいますと大変心を揺さぶられるような感動的な出来事に出会います。今お話しさせていただいたこともそうですが、本当に自分の価値観や人生観がこれでいいのだろうかと、問われるのです。言葉を換えて言うなら、自分の魂が揺さぶられてゆく、揺り動かされてゆくことがあります。
 跳び箱の開脚跳びの練習をしたときのことなのですが、M君が両足踏切を失敗して滑稽な姿で跳び箱から落ちてしまったのです。すると、そんな姿を見てY君が大きな声を出して笑ったんですね。すると、隣の隣に座っていたS君が「笑うなよ」と言って、Y君の頭にげんこつを一つくれたのです。私は、その時すぐにそのことは何も言わずに、数人の子どもたちが跳んだ後に「こんな事があったんだけどね」と話をしたのです。子どもたちに投げかけると、いろんな生活の背景を持った子どもたちですから、きっと感じたことがあったのでしょう。「笑われたら、嫌だ。だって、ああ、したかったんじゃないよ」と言ってくれた女の子がいたんです。その言葉の中には、「失敗したくて失敗したんじゃないから、笑われたら嫌だし、もうやりたくない、と言う気持ちになっちゃう」という内容が含まれている事を痛いほど感じたのです。
 私も本当にそうだな、と共感し「確かに、げんこつしたことは、いいかわからん。そのことは、わからん。でもS君の気持ちはうれしかったな」と言ったのです。電車に乗ってみると、駅のポスターに、暴力は全てを壊す。というものがあって、その事を子どもたちにも伝えたのです。「暴力は全てを壊す。だからいけないことだと思う。でも、S君の気持ちはY君に届いたのだと思う。」「げんこつじゃなくて、違う方が良かったかも知れないが、M君はきっと救われたんじゃないかな」と私の思いを伝えました。
 それから、また跳び箱の練習をしているときに、S君が唐突に「みんな、真剣にやっている時は、笑うのは止めよう」と言ってくれたのです。子どもたちは、何もお喋りをしませんでしたが、ウンと了解した雰囲気を感じました。
 子どもたちが帰った後に一人で今日の出来事を思い返すわけですが、「笑うな、ごつん」の言葉に何か言いようのない包み込まれる感じを受けたのです。少し、情緒的だと思われることでしょう。でも、その気持ちの動きが私には、みんなで、一緒にどうして、開脚跳びをするのかという、根本的なことを改めて問われた様な気になったのです。
 跳び箱という同じ行為をしながら、一人一人の力が違う、能力も違う、そんなみんなが跳び箱を通じて、どのようにして生きてゆくことが出来るのか、それを、知らせるために活動していたのではないのか、と初心に戻されたのです。みんな違う、みんな違っていい、それをみんなが確認するために、その確認の上でどうしたらみんなが仲良く生活ができてゆけるのかを探るものの一つに、跳び箱の開脚跳びをおこなう意味だったのではないかと。
 
 お話がずれてしまいますが、
 一人一人が違っていいし、それを暖かい言葉で表現された童謡作家に金子みすずさんという詩人がいます。彼女の作品は、教科書にも掲載されたり、NHKのみんなの歌でも流されていたりしますから、多くの方がご存じだと思います。1903年生まれで、26才という若さで服毒自殺をします。 私は、彼女のたくさんの歌を知りませが、記憶に強く残っているのは、みんなの歌で紹介された、私と小鳥と鈴と、という歌です。この歌にはそれぞれのありのままを慈しむ、優しい思いが込められています。柔らかく人間と世界を包み込み、これをいとおしむ姿があるのです。ですから、彼女の歌に現代人は、癒しを与えられているのだと思います。


人を受け入れることが、人を育てること
 現在は、個人主義を中心にして動いている社会です。その一人一人違う価値観を持っている保護者や子どもたちを集めて幼稚園、保育園は集団保育をしてゆくわけですから大変です。しっかりとした、指針を持って保育活動を進めてゆかないと、それぞれの持っている価値観に振り回されて訳の分からない保育になっていってしまう危険性があると思っています。みなさんもご存知だと思いますが、個人の好みも尊重しながら集団としての保育活動も進めて行かなければならないのです。
 言葉を換えて言うなら、個人主義は、利己主義的になることも可能ですから、その危険性をいつも孕んでいます。その危険性を孕んだ個人主義をどのような方向に導いていったら個人個人が豊かに生きてゆくことができるのか、それを体験し学ぶ場所が集団保育の意味だと思うのです。人が生きてゆくと言うことは、人との関わりの中で生きてゆくということと同義語であり、この事実からは、何人も逃げてゆくことが出来ないのです。
 しつこいようですが、他の人への配慮を心がけながらみんなで豊かに生きてゆく、その方法を身体で感じ学ぶ場所が保育園や幼稚園なのだと考えています。ですから、その視点を見失ったときに集団保育は成り立たず、集団保育の存在意義が無くなってゆくのです。

 人は、自分が愛されているな、と実感する一つに、全てを受け入れられた、受け入れられている、という体験を通して味わうのではないかと考えています。さらに、受け入れられている、愛されているという経験が人を成長させる大きな要素となっていると思っています。その事を強く感じた出来事があります。
 また、跳び箱での出来事で恐縮ですが。
 主人公はN君です。彼は、負けず嫌いの性格で何にでも一番であろうとし、一番である様に努力するのですが、ときどき空回りをする男の子です。跳び箱の跳べる段数も一番であることを望み、練習する為に列に並ぶ事に対しても一番前にならばないと気が済まないといった性分で、どんな事にでも徹底して一番であることに執着して行動します。わりと男の子にはよく見られる傾向でもあります。そんな性格の男の子ですから、同じ様なタイプの男の子や友だちとトラブルをよく起こします。「俺が一番前に来たんだから、君は後に列んで」とほぼ一緒にならんだ友だちに命令をします。言われた友だちも「なんで」と引き下がりませんから、当然喧嘩になってしまう訳です。どうして、そんなことで意地を張る必要があるのかな、と言っても互いに引っ込みません。結局のところ私の力で「二人とも練習しなくてもいいから、椅子に座っていてください。」と言う事になり二人とも椅子に座るはめになるのです。
  一番になりたいという欲求や執着は、向上心に繋がってゆきますから、大切な気持ちの動きと考えています。しかし、どうにもこうにも、彼が歩くとトラブルが生まれるという感じですから、保育者も子どもも疲れてゆくのです。
 私が彼に対する指導と言えば、注意をしてこうして欲しいとの要望を伝える事の繰り返しで、どうにも方策がありませんでした。
 譲るという事をどうしたら解ってもらえるのだろうと悩んでいる時でした。
 彼は、何を焦ったのか勘違いをして跳び箱の走って跳ぶスタート地点を間違えてしまったのです。「Nくん、そこは違うから後ろの列の後ろに列んで」と言うと「やだ、一番に列んだんだから」「でも、そこは違うよ」「じゃあ、後ろの列の一番がいい」「でも、それは、できないよ。後ろに列んで」「やだ」という問答が続き、そして、彼は意を決して「だって、間違えただけなんだよ。いいじゃないか」と彼は間違えを認めた上でごねます。なんでそんなにごねるのか理解に苦しむのですが、間違いを素直に認めて後ろに列ぶのは、彼のプライドが許さなかったのでしょう。頑としてその場を動きません。他の子どもたちは、諦めムードで、またか、という雰囲気を醸し出し経緯を見守っていました。私もちょっとどうしていいのか迷ってしまいました。そんな時は、いつもそうなんですが、子どもたちに問題を投げかけてしまうのです。
  「田村先生、ちょっと困ったんだけどどうしたらいい」と。すると「後ろに列ぶのがいいんじゃない」「Nがおかしいよ」と、N君に対しての批判的な言葉が聞こえてきました。Nくんもそんな子どもたちの言葉を聞いて、さらに気持ちを強張らせ「やだね、だって、間違えただけだもん」と声を荒げて言い放ったのです。素直に後ろに列べばこんな辛い思いをしなくてもいいのに、と私は心の中で思い、どうして、そんなに意固地になるのか解りませんでした。当のNくんは、素直に認めると何か自分の存在感を失ってしまうかの様な血相なのです。そんな、四面楚歌の状態の中でNちゃんが、さりげなく「いいよ、一番前に列んで」と言ってくれたのです。
 
 さらに「いいよ、私の前に来てならんで」とNくんに語りかけてくれたのです。私は、予想だにしなかったS子の言葉にびっくりして「いいの?」と聞き直しました。すると「いいよ。前にならんで」と明るい表情で答えてくれたのです。それを聞いたとたん彼は何も言わずに列の先頭に列びました。私は、Sちゃんに何も言わずに並んだNくんに「ちょっと、Sちゃんにありがとうの一言をいえば」と言いたかったのですが、その気持ちをグッと押さえて何事も無かったように跳び箱の練習を再開しました。
 全員がなんとか跳び終えたので再度練習を始めようと思い、また子どもたちにスタートラインに一列に並んでと促しました。今列んでいた順番で列んでと言えば事は簡単ですが、それはやめてとにかく列んでと言ったのです。するとおっちょこちょいの、Nくんは、またスタート地点を間違えてしまったのです。どうするかなと心の中でつぶやき、さっきと同じ事の繰り返しは嫌だなと焦ったのですが、予想に反しなんと今度は、何事も無かった様にすんなりと、何も言わず、むしろ笑顔で静かに列の後ろに列んだのです。そう、繰り返しますが、何ごとも無かった様に後ろに並んだのです。泣くほど騒いだ先ほどの騒ぎは一体なんだったのだろうと、私はあっけにとられましたが、うれしくてしかたありませんでした。
 N子の受け入れが、Nくんの素直さを引き出すこととなりました。Nくん自身もきっと嬉しかったに違いありませんが、さらに、周りの子どもたちは、もっとうれしかったに違いありません。
 そして、そこにいた子どもたちと私は、何かほっとし心が落ち着いて行く(救われる)思いを感じたのです。
 この出来事から大人でも子どもでもそうですが、ただ批判され突っぱねられる事だけでは人の心は開かないという事です。そこから育つものは、全てとは言いませんが、憎しみと反発心のような気がします。そうではなくて、この子どもたちのやり取りは、間違いを赦されながら受け入れられることの大切さを教えてくれたのです。指摘をしたり、間違いを正したりする事も必要な事です。そのことが沢山の成長する糧を与えてくれる事も事実です。ただ、人間は間違いをする、それを認めた上で、その人を受け入れる事が人を育てる事なのだと言う事を気づかせてくれたのです。

 しかし、そうはいっていても、なかなか、間違いを赦し受け入れることが簡単にはできないのが現実ではないでしょうか。子どもたちから教わりながらも、私には絶対に赦せない人がいるのも事実です。


何が大切かという保育の視点
 1980年代に読んだ本の中に、養護学校の先生が書いていた言葉なのですが、学ぶという事は、変わるという事。変わるという事があって、初めて学んだという事に成る、と。私も本当にそうだな、と思うのです。ですが、子どもたちから学んだ事が自分の人生の中で生かされていない事を知るにつけ 学ぶという事の難しさを実感しています。
 先日、私がお世話になっている幼稚園を退職された先生が、数年間他の幼稚園や保育園で経験し再就職されました。その先生のお話を久しぶりに伺っていて、気づかされた事に保育者である事と保育者に成る事とは明らかに違うことなんだ、隔たりがあるんだと感じさせてくれたのです。
 例年通りに保育をすればそれで良いの。と言う保育者を知っています。さらに、ごちゃごちゃ考える必要はないのよ。それに沿って、子どもたちを動かして行けば良いのだから。とも付け加えてくれました。確かに昨年度の保育活動は、参考になりますし、それに沿って行けば無難な訳です。しかし、子どもたちの思いは年度年度によっていろいろある訳ですから、昨年通りにすればいいのと、言う訳には行かない様に思うのです。子どもたちは、力関係で弱い立場にありますから、保育者の思惑に従わざる得ません。なんだかんだといいながら健気に頑張るのです。
 
 しかし、本当に大切なのは、例年通りの保育が進んで行くかも知れませんが、子どもたちの心の思いに保育者が気持ちを傾けたか、また、子どもたちの心のひだにふれるような思いを持って接する事が出来たかという事である様な気がしています。
 つまり、子どもたちの気持ちを受け止め自分の思いと重ねて互いの関係をつむいでいったかどうかという点が重要なのです。別な言い方をすると、相手の思いを推し量るという、思考性を停止したときから保育者は、保育者に成るということを放棄したのです。さらに、これでいいのよ、保育ってそういうものなの、と言い切ってしまうところから、新たな工夫は生まれません。新しい事に子どもたちと挑戦し作り上げて行く。それが保育の醍醐味でもありますし、楽しさでもあるのです。その様な日々をおくることができれば、保育の充実感を味わえますし、保育の仕事に従事して本当に良かったと心から思えるのです。
 
 いろいろと私にアドバイスをしてくださる方が、私と話をしていて「なかなか思うように行かないのも事実ですよ」と苦言を呈してくれます。つまり、その思う様に行かない原因に「人との関係があるのでなかなかね」と言うのです。その方にとっては、子どもとの関係よりも思うように行かない人との関係のことが一番の障害になり、それを乗り越えてゆくことが最高の課題となっているのです。私もその事は大切だと感じていますし、重要な課題でもあると思っています。
 しかし、この問題は、永遠に人間が背負わされている宿命だと思っていますから、そのことよりも自分が一体何を大切にして保育をしてゆくかという、視点をしっかり持つことのほうが重要だと思っています。
 以前、研修会で保育者の方達と雑談をしていたときに、若い保育者は柔軟で、年配者は決めつけが強い、という内容のことをお話し下さった先生がいらっしゃいました。しかし、私は、保育者に成るというには、年齢や経験は関係ないと思っていますし、いつの時点からでも保育者に成る事は可能です。また、年配者であっても子どもたちの思いを受け止め柔軟に保育を進めている保育者を何人も知っていますので、一概に決めつける事は出来ないと思っています。

私などは、性格的な問題や人格的な欠点も数多くある訳ですから、そんな人が研修会の講師としてまた、保育のお手伝いをしていていいのだろうかと、本当に考えさせられます。

 以前、子どもが卒園する時に「一日も楽しくなかった」と語った子どもがいます。
 それは、卒園文集を作るために子どもたちにインタビューしていた時の出来事でした。そう語った男の子は、活発で保育園生活を毎日謳歌しているように担任(保育者)には映っていましたし、関係者は楽しんでいただろうと想像していたのです。ですから、その言葉に保育園関係者は、大きなショックを受けました。なぜ、彼はそのような言葉を発したのか、その詳細はいつかお話をするとして、子どもたちは、保育者が思っている以上の事を感じているという事実です。つまり、保育者の想像以上のことを子どもたちは思って生活をしているのです。ですから、保育者は常に、本当にこれで良いのだろうか、という検証作業が必要なのです。
   
 最後に短くまとめさせていただくと。ありきたりかもしれませんが、これでいいのか、という常に考え問いかける謙虚な姿勢が、保育者が保育者に成ることだと思っています。決めつけからは、新たな視点を見いだす事は出来ません。まして、進歩するということからはほど遠くなって行く事でしょう。私は、子どもたちが今日も一日楽しかった、幼稚園に来て良かった、と思える様な活動が出来る様にと心がけているつもりですが、なかなかそう出来ない限界を抱えています。ですから、私も今日の研修会をきっかけに子どもたちと共なる保育活動が出来る様に少しずつですが、頑張って行きたいと思っています。

 最後までお話を聴いて下さり本当にありがとうございました。
 ここに参加された先生方にとっては解りきった事ばかりだったかもしれませんが、何かの参考に成ってくれたら嬉しく思います。
どうぞ、お元気でまた、どこかでお会い出来る日を楽しみにしています。私も相鉄線を利用していますから、見かけた時は声をかけてみて下さい。今後も一緒にいろんなお話が出来たらうれしいです。
2011年春 田村幼児体育研究所の田村忠夫

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